ささやかな日常の記録

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大草原の小さな家【シーズン8】1話〜9話

このところ「大草原の小さな家」のシーズン8を見続けているが、やはり違和感があって感想も書けずにいる。自分にとっての「大草原の小さな家」は1970年代の思い出に直結しているので、1980年代のドラマだという認識はない。

しかし、シーズン8にもなると、さすがに80年代的な明るさと軽さが色濃くなってくる。これまでにもそうしたエピソードはあったが、より顕著になってきたように感じてしまうから不思議である。

初回などはまさにそうで、良妻賢母になったネリーを強引に退場させ、少女時代のネリーそっくりな孤児のナンシーをオルソン家の養女にしてしまう。あまりのご都合主義に呆れてしまうが、それでも面白いのだから感心してしまう。

そんなナンシーとカサンドラの関係を、かつてのネリーとローラに重ねられるように描いているのは見え見えではあるが、それに乗せられて大笑いしているのだから困ったものだ。クライマックスの仕打ちも、「気球がとぶ日」でのローラとネリーを思い出してしまった。

「まことの友情」ではナンシーが太った転校生の純情を弄ぶ。そんな女王様気質のナンシーに尽くす少年のコンプレックスが切なかった。

「かわいい家出」もインガルス家の養子になったジェームズとアルバートが兄弟になるための通過儀礼のようなもので、これもかつてのローラとアルバートに重なってしまう。そんなアルバートも「あこがれの英雄」ではなぜかサーカスに夢中になってしまう始末。このエピソードも何度か描かれてきたサーカスと時代に取り残された男の哀しみを描いたストーリーのバリエーション。

「まぬけな強盗」も何度か描かれた犯罪者の物語だが、これはいかにも80年代的なライトコメディ。人質がどんどんと増えていくのが面白い。オルソンのキャラが最高だったが、これはもうドラマというよりバラエティに近い。

「愛の花束」ではミス・ワイルダーVSミセス・ワイルダー的な展開が楽しかった。男女4人の思いが交錯していく様は、かつてのトレンディドラマのような面白さ。ローラの皿洗いのエピソードも可笑しくて、それぞれのキャラクターが個性的だった。面食いのミス・ワイルダーには幸せになってもらいたい。

「雨の中の事件」になると、これはもうミステリーである。メアリーの元カレだったジョンの死の真相をエドワーズとチャールズが突き止めていく。この頃からシカゴは腐敗していたということであるが、小さな希望も描かれてホッとした。先日、映画「シカゴ」を見直したばかりだったが、この回の原題もChicagoだった。

このように「大草原~」でありながら「大草原~」でないようなストーリーが多いが、それでも昔の雰囲気を残している回もある。「ある医師」ではベイカー先生の所に黒人の医師がやってきて波紋が広がるストーリー。「黒人少年ソロモン」でも描かれた黒人医師の置かれていた状況がよく分かる。その差別意識をあのベイカー先生さえ拭いきれなかったことの意味を考えざるを得なかった。

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◉「私のネリー」(1,2)The Reincarnation of Nellie 「ネリーの生まれ変わり」

◉「かわいい家出」(3)Growin' Pains「成長痛」

◉「ある医師」(4)Dark Sage「闇の賢者」

◉「愛の花束」(5)A Wiser Heart「賢い心」

◉「あこがれの英雄」(6)Gambini the Great「偉大なガンビー二」

◉「まぬけな強盗」(7)The Legend of Black Jake「ブラックジェイクの伝説」

◉「雨の中の事件」(8)Chicago

◉「まことの友情」(9)For the Love of Nancy「ナンシーの愛のために」

そしてメアリーも初回でニューヨークにあっさりと旅立たせてしまう。いかにメアリーとネリーの存在が大きかったかが改めて分かった気がする。

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