BS4kで「近松物語」を見た。溝口健二の映画ではマイ・ベスト。
とにかく香川京子の美しさに尽きる。最初こそ、眉がなくてお歯黒の顔は近寄りがたい雰囲気があるが、それがだんだんと普通になっていくことで魅力が増していく。
長谷川一夫との逃避行シーンが印象的だ。死を前にして、隠していた思慕を聞いてしまったばかりに、抑えていた気持ちが溢れ出てしまう。こうなってしまっては、もう死ぬことはできない。琵琶湖に浮かぶ船上でのシーンが美しくも印象的だった。
この時、香川は22才くらいだろうか。お家様としての凛とした佇まいから、恋い焦がれていく女の生々しい姿までを見事に演じていた。
前年には小津の「東京物語」、翌々年には成瀬の「驟雨」に出演。黒澤映画には1957年の「どん底」から始まって、「悪い奴ほどよく眠る」「天国と地獄」「赤ひげ」「まあだだよ」と出演し続けることになる。
これらの映画はすべて並木座や文芸坐などで観ているが、初めて「悪い奴ほどよく眠る」を観た時の衝撃はよく覚えている。ここから黒澤映画に目覚め、やがて成瀬、溝口、小津と追いかけていくことになった。
今やテレビやネットで気軽に見ることができるが、1990年代にはまだ名画座でこうした映画を普通に観ることができた。1992年には以下の映画を観ている。
虎の尾を踏む男達
わが青春に悔いなし
素晴らしき日曜日
野良犬
醜聞
悪い奴ほどよく眠る
用心棒
天国と地獄
赤ひげ
鶴八鶴次郎
歌行燈
石中先生行状記
めし
山の音
晩菊
驟雨
流れる
あらくれ
夜の流れ
放浪記
近松物語
赤線地帯
新・平家物語
そして1993年1月9日(金)の日記には次のような記述がある。
黒澤、成瀬、溝口と観てきて、ようやく小津を映画館で観ることができた。「晩春」と「秋刀魚の味」はどちらもテレビでは見ていたが、スクリーンでの印象はより強烈で、その独特のスタイルに酔いしれた。「晩春」の原節子の魅力は言うまでもなく、遺作となった「秋刀魚の味」のカラーはあまりに人工的でSFを見るような不思議な感じだった。
こうした映画を映画館で観ることができたのは、今となっては本当に良かったと思う。それでも今また4Kの美しい映像で見直すことができるのも最高である。
そして何よりもまだ香川が元気で活躍しているのが凄い。最近でもドラマ「この世界の片隅に」と「サギデカ」で見ることができた。そして9月には映画「峠」が公開予定である。
その「峠」に出演しているもう一人の京子が芳根京子である。今、WOWOWで放送しているドラマ「大江戸グレートジャーニー 〜ザ・お伊勢参り〜」で訳ありの女、沙夜を演じている。
結婚したものの子ができなかったことで家を追い出され、死のうとしていたところを助けられてお伊勢参りに同行するといった役どころ。その悲惨な過去を背負った暗い表情の女を演じる芳根が魅力的だ。映画「居眠り磐音」のヒロインのような佇まいであるが、酒を飲むと豹変してしまうところが面白い。
ドラマ「コタキ兄弟と四苦八苦」でのヒロインに続いて、振り幅の大きい演技が印象的で目が離せない。現在23歳であるが、香川が「近松物語」に出演した年齢とほぼ同じ。時代劇での所作も様になってきているだけに今後の活躍が楽しみである。