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毒家族、毒親という言葉が毒々しいが、読んでもよく分からなかった。自分の読解力がないせいもあるが、何でも毒親とか毒母に結びつけるのはどうかと思う。それでもこうして多く読まれているということは共感されているということでもあるし、需要もあるのだろう。
自分は原作を読んでいないので、あくまでもフィクションとしてのドラマからしか考えることができないので何とも言えないが、こうした考え方もあるのかという程度には面白かった。
キャロラインと母親の関係性についてはよく分からない。ドラマではキャロラインの少女時代は断片的にしか描かれないからだ。チャールズとの出会いのエピソードと、裕福な家庭でのクリスマスのエピソードが結びつかないので混乱するが、それでも裕福な家の娘がチャールズのような男と結婚するのは、色々と大変だっただろうことは分かる。
キャロラインが元教師だったことはドラマでも描かれるが、それはチャールズと結婚する前に高等教育を受けることができたということでもある。それがローラたちに与えた影響についてはドラマでも描かれている。
多分に宗教的な考え方も含まれていたとは思うが、教育的な見地からは正論であり問題はない。それでも差別的な言動に対しては、かなり厳しく叱責しており、それなりに抑圧は受けたかもしれない。
ローラとローズの関係性については、いかにも現代的な母と娘の問題が含まれているような気がした。これを今のメリッサ・ギルバートでドラマ化したら面白いと思った。BSプレミアムの「アナザー・ストーリーズ」でもいいから、映像化して欲しい。
それでも正直なところ、そのような裏話はどうでもいい。たとえフィクションであっても、その(原作と)ドラマ(特にシーズン2まで)が素晴らしいのは間違いない。これを見て、毒家族だの毒親などと考える人がいたら、それはそれで想像力が豊かな人に違いない。
ドラマで描かれる食卓の風景は、まさに理想の家族の姿である。今はコロナで食卓を囲む時間が増えたかも知れないが、このように家族が揃う家庭がどれくらいあるだろうか。
かつて自分がこのドラマを見ていた頃、テレビは茶の間に1台しかなかった。それを家族が揃って見ていた。そんな当時の食卓までもが、ドラマと重なって思い出されてしまう人は幸せなのかもしれない。
毒親といえば、BSフジで放送されていたドラマ「名もなき復讐者 ZEGEN」がまさにそうで、ラストで明かされる真実に震えてしまった。
WOWOWで見た湊かなえ原作の「ポイズンドーター・ホーリーマザー」では立場が反転して毒娘が登場し、実に生々しくて、まさにイヤミスといった感じだったが、清原果耶をはじめ出演者は魅力的だった。
こうした愛憎劇は今ではミステリーの常道になってしまったが、その原点の一つはやはりヒッチコックの映画にあるのかもしれない。あの「サイコ」がまさにそうだった。
母と娘の関係ということでは「マーニー」もそうである。これも詳細を書くとネタバレになってしまうが、幼い頃に封印された記憶がキーになる作品は今でも多い。
ヒロインは「鳥」に続いてティッピ・ヘドレン。娘のメラニー・グリフィスはデ・パルマ監督の「ボディ・ダブル」に出ているが、一般的には「ワーキング・ガール」で知られている。
その他に「刑事コロンボ」に出演した女優が二人、顔を合わせる。ショーン・コネリーの義妹役のダイアン・ベイカーは「さらば提督」、経理のOL役のマリエット・ハートレイは「第三の終章」と「 死者のメッセージ」そして「大草原の小さな家」の「父さんの秘密」にも出演している。なお、映画の翻訳は当時の「大草原」を担当していた森みさだった。
この他、ヒッチコック作品では「引き裂かれたカーテン」と「ハリーの災難」もBSプレミアムで久々に見ることができた。こちらはジュリー・アンドリュースとシャリー・マクレーンが魅力的だった。
今回は見なかったが、ヒッチコック映画で一番好きなのは「めまい」である。バーナード・ハーマンの音楽が素晴らしいし、何よりもキム・ノヴァクが美しかったが、女性には不快な映画かもしれない。