狂おしいほど危険な暑さが続いている。そんな時に狂おしいほど危険な愛の映画を見た。1993年4月に公開されたルイ・マル監督の「ダメージ」である。
当時、ジュリエット・ビノシュとジェレミー・アイアンズの共演というだけでも話題になっていた記憶がある。
観たのは銀座のはずれにあった銀座テアトル西友。ここでは同じようなテイストの「ラストタンゴ・イン・パリ」や「デカローグ」などを観ている。この3作ともサントラが素晴らしく、ちょっとアンニュイな気分の時に聴くのに最適な音楽である。
映画ではアイアンズ演じるイギリスの下院議員が、ビノシュ演じる息子の恋人とスキャンダラスな肉体関係を続けていく姿が描かれていく。地位も名誉もある男が何故って思うが、それが男の愚かしいところでもある。
最近でも好感度が高くて美人の奥さんがいる芸人のスキャンダルがあったが、破滅することが分かっていても理性では止められないことがあるということである。その結末はタイトルの「ダメージ」そのものである。
フランスでのタイトルはFataleで、まさにビノシュが男を破滅させる女ということになる。その表情はまさにミステリアスで魅力的だった。
ビノシュの映画を初めて観たのが1988年に日本公開された「汚れた血」で、すぐに魅せられた。
それから「存在の耐えられない軽さ」「ポンヌフの恋人」「嵐が丘」「トリコロール/青の愛」「イングリッシュ・ペイシェント」と見続けてきた。同世代のフランス人女優ではもっとも馴染みのある顔である。昨年も是枝監督の「真実」に出演。1964年3月9日生まれで、同じ年にはメリッサ・ギルバートや薬師丸ひろ子がいる。
アイアンズの奥さん役がミランダ・リチャードソン。不倫の真相を知って嘆くのは、現実でも繰り返されていること。映画ではさらに大きな悲劇が起きてしまうだけに、その悲しみが痛々しかった。当然、不倫相手は自分より若い訳で、その思いを自らの肉体で示すシーンは強烈だった。この映画で彼女は英国アカデミー賞で助演女優賞を受賞。母親を演じてはいたが、その素肌は若々しくビノシュとは6歳違いだった。
また、ビノシュ演じるアンナと過去に深い因縁のある男を演じたのがピーター・ストーメア。短い出番ながら強烈な印象を残すが、同じ年に「ファーゴ」に出演。以後も存在感のある脇役として活躍していくが、個人的には「プリズン・ブレイク」のジョン・アブルッチ役が印象的だった。
しかし、なんといっても印象的なのは破滅していく男を演じたらピカイチのジェレミー・アイアンズの演技。初老になって肉欲に溺れてしまう姿は、男にとっては誰しも身につまされることだろう。ラストシーンがあまりに切なく、その背景に静かに流れる音楽が胸を締め付けるようだった。このラストがオープニングでも良かったかもしれない。
その音楽を作曲したのがズビグニエフ・プレイスネル。なかなか覚えにくい名前であるが、当時から大好きな作曲家の一人だった。ポーランドの監督、クシシュトフ・キェシロフスキとのコラボで知られており、「デカローグ」や「ふたりのベロニカ」「トリコロール」三部作などは映画も音楽も最高だった。
アイアンズが出演した映画の音楽では「ミッション」とリメイク版「ロリータ」を担当したエンニオ・モリコーネも忘れられない。最晩年の「ある天文学者の恋文」(2016)も印象的で、まさにモリコーネの白鳥の歌だった。