田中邦衛の訃報を知って、たまたま放送していた「北の国から」の19話を見た。これがもう、しみじみと良くて、たまらなかった。
蛍が先生とUFOを見に出掛けて行方不明になるエピソードでは、蛍の可愛らしさに魅せられてしまう。
そんな蛍が朝帰りしてきた田中演じる父親に抱かれて、ラベンダーの匂いがするって言うシーンの気まずさときたら、どうだろう。
仮に「大草原」のローラがチャールズに抱きつき、レモンバーベナの匂いがするって言ったら、どう思うことだろう。
ここが日本版「大草原」と言われているドラマと、本家との大きな違いである。マイケル・ランドンが演じたチャールズは妻と子供を愛する理想的な父親であるが、田中が演じた黒板五郎は子供は愛しているが、妻とは別れてしまうダメな父親でもあるのである。「大草原」のキャラではエドワーズに似ているかもしれない。
妻との離婚が成立して、そのやりきれない思いを抱えてスナックで飲む五郎。後ろでは客がカラオケに興じているが、その歌に思わず反応してしまった。当時は知る由もなかったが、ペギー葉山が歌ってヒットした「ラ・ノビア」という歌である。
この歌を教えてもらったのが、五郎の妻の妹を演じた竹下景子に似た女性だった。この歌を仕事の接待でスナックに行き、歌うことになるなんて夢にも思わなかった。ちなみに「ラ・ノビア」とは結婚のことで、歌詞の中に、偽りの愛を誓いとあるように、不本意な結婚をする女性を歌っている。
倉本ドラマでは、こうした何気ないシーンでかかる音楽に反応してしまうことが多い。その後で五郎は児島美ゆき演じるホステスと「銀座の恋の物語」をデュエットしながら、いしだあゆみ演じる妻との結婚式を思い出す。もし、この伏線として「ラ・ノビア」を流したとしたら凄いが、ドラマと現実で同じように歌が記憶の再生装置になっている。
その後、女の部屋へ行き、そこでも女がレコードをかけるが、そのレーベルに見覚えがあった。キティレコードから1981年3月に発売された高中正義の「虹伝説」だ。これもまた聴いていると当時の記憶が甦るようだ。
「北の国から」の連ドラは1981年10月から翌年の3月まで放送されたが、この時は山田太一作の「想い出づくり。」を見ていた。それでも当時、シナリオ集を買って読み、イメージをふくらませていたものである。その後、後半を見てから再放送で全話見て、スペシャルからはリアルタイムで見ている。今回、田中の追悼で1話だけのつもりで見たが、このまま続きを見ることになりそうである。