ささやかな日常の記録

現在と過去のエンタメなど

クニコの日~オリビアを聴きながら

週末、台風が過ぎ去って一気に気温が下がった。その台風による低気圧と寒暖差と夏の疲れから久々に頭痛と吐き気で寝込んでしまった。

それでも昨日は朝から晴れて気分が良かった。日の出もだいぶ遅くなって、ネットで調べたら当地では5時半になっていたが、実際に見えたのは6時ごろだった。

昨日は9月25日でクニコの日とのことで、BSPで放送された「歌える!J-POP 黄金のベストアルバム 30M」のゲストは山田邦子だった。

なんだか久々に見たような気がするが、お元気そうで何よりである。個人的に山田と言えば映画「君は僕をスキになる」と朝ドラ「ノンちゃんの夢」である。このノンちゃんの名前は今の朝ドラヒロインの名前と同じ暢子である。

その頃、その山田がMCをしていた番組の打ち上げに行ったことがある。その素人参加番組に会社の後輩が出演した際、会社の先輩役として協力したことによる。その席で山田にも挨拶したが気さくな笑顔が印象的だった。そんな機会を与えてくれた後輩は残念ながら早逝してしまったが、あの頃のことが懐かしく思い出されてしまった。

あの頃と言えば番組で流された杏里の「オリビアを聴きながら」を聴いていた頃も思い出した。先月のオリビアの訃報を知ってすぐに思い出したのもこの歌だった。1978年のデビュー時よりも、大学生になっていた1984年前後によく聴いていた記憶がある。歌詞の中で流れるオリビアの「MAKING A GOOD THING BETTER」も印象的だった。


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その頃、「CAT'S EYE」や「悲しみがとまらない」などもよく耳にしたせいか、今でも口ずさむことがある。そういえば横浜での初デートもこの頃だった。中華街で初めて飲んだジャスミン茶の香りが懐かしい。

朝焼け

嵐の前の静けさ。

今朝5時の気温は28度で、久々の熱帯夜となった。今日の最高気温も35度とのことで、猛暑日になる見込み。大型台風によるフェーン現象であるが、この時期にこの暑さは体に応える。

朝、窓を開けたら朝焼けの空が見えたので急いで外に出て写真を撮った。生暖かい風が気持ち悪かったが、鮮やかな赤が目に焼き付いた。

思わず「ミラーマンの唄」を口ずさんでしまった。


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ミラーマン」は1971年放送で、同じ年に「帰ってきたウルトラマン」も放送されていた。音楽はどちらも冬木透であるが、「ミラーマン」ではこの主題歌も作曲しており、昔から大好きだった。ただ、当時は裏番組の「シルバー仮面」の方に夢中になっていた記憶がある。それでも歌の記憶は鮮明なのだから不思議なものである。

飛行機雲

早朝、ゴミ出しのついでにコンビニまで自転車を走らせた。日中はまだ30度を超えて暑いものの、日の出前は寒いくらいである。この寒暖差が美味しい米を育んでいるが、体に与えるダメージは大きい。

途中、空を見上げたら飛行機雲が鮮やかに見えた。なんだかそれだけで気分が高揚した。

最近は朝焼けの空を見上げることが増えたが、ちょっとしたアクセントがあると見慣れた空の印象も変わってくる。時間と共に変化していく空の表情も魅力的である。

なかなか良い写真は撮れないが、時にはちょっとした雲海みたいな霧が出て、幻想的な風景が見られることもある。その一瞬を捉えるのが難しい。

飛行機雲と言えば、やはりユーミンの「ひこうき雲」を思い出すので、ひらがなの方がしっくりくる。英語ではcontrailと書くようだが、それをタイトルとしたドラマも忘れられない。


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その「コントレール〜罪と恋〜」は2016年4月からNHKで放送されたが、その劇伴も良くてサントラも購入した。その作曲者の一人である羽深由理はドラマ「メンタル強め美女白川さん」も担当している。

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横浜の休日

本当に久々に横浜まで行ってきて早くも一週間が過ぎてしまったのに、何も書けないままである。大学生になって初めてデートをした思い出の地だというのに言葉がまるで出てこない。あの頃は手書きで指が痛くなるまで書き続けることができただけに隔世の感がある。

山下公園の近くのホテルに宿泊し、翌朝に散歩に出かけた。あの頃と同じようにベンチに座り、ぼんやりと海を眺めた。

当時は緊張していたせいか、何を話したかまるで覚えていない。当時の日記を引用してみる。

7月19日(木)

今日は書きたいことが山ほどある。けど、それを文章にしてしまうと何だか噓っぽくなるようで自分の胸にだけしまっておきたいような気もする。そこで、ちょっと小説風に書いてみる。題して「横浜の休日」・・・。

 

昨夜の失意からまだ立ち直っていない彼は一抹の望みを託して震える指で彼女の家の電話番号を押した。

「もしもし、〇〇さんのお宅ですか・・・」

「・・・えぇ」

親父さんと思しき声で彼は思わず緊張した。

「あの私、〇〇大学の〇〇と申すものですが〇〇さん、おられますか」

「ちょっと待ってください・・・、おーい・・・」

どうやら、居るには居るらしい。

「もしもし・・・」

なんともか細い声で、彼は一気に緊張してしまった。

「あのですね、え~と、その~、この前・・・・・・」

彼はすでに練り上げたシナリオを完全に失念しており、我を忘れてその言動は支離滅裂。(もうダメだ)そう思いつつ最後の奮起で彼は映画に誘ってみた。

「旅行の準備で忙しいけど、横浜でなら・・・」

何となく重い口調だった。

「え~、それでいいです。じゃあ、10時半に横浜駅で・・・」

一応、会う約束はしたものの、何となく彼は自己嫌悪に陥ってしまった。(やっぱり、ダメな奴はダメなんだ)と彼の足取りは重かった。

10時半、横浜駅東横線改札口。雑踏の中、乱れる思い。(あっ、いた!ドキッ!え~ぃ、もぅどうにでもなれ!)しかし、会ってみると彼女は朝とは違って、いつもと同じように親しい会話が続いた。

以下、延々と続くが疲れたので省略。それでも、この冒頭だけでも当時の揺れる思いが伝わってくる。この日は関内から二階建てバスに乗り、港の見える丘公園へ行き、外人墓地~山手資料館~元町~中華街(食事)~マリンタワーと巡り、最後が山下公園だった。

デートとしても、観光としても申し分なく、まさに横浜の休日だった。その時の思い出を今、改めて書こうとしても文章が浮かばないし、わずか一週間前の出来事すら書くことができないのだから情けない。

それでも買ったばかりのiPad miniを持って行ったので写真で記録を残すことはできた。今では位置情報で撮った場所の住所も分かるのだから凄いものである。

ホテルに戻ってテレビを点けたら小芝風花が映っていた。昨年見た「チコちゃん」の再放送だった。

小芝は来月からドラマ「霊媒探偵・城塚翡翠」で清原果耶と共演することが決まった。「あさが来た」「透明なゆりかご」「美食探偵」が好きだっただけに楽しみである。

ドラマ「まんが道」と「シャツの店」

8月もあまりブログを書くことができなかったが、それでも古い記事が読まれているようで、定番の「大草原」以外だと、「イッセー尾形まんが道」と「透明なゆりかご(第6話)」へのアクセスが多かったようである。

まんが道」は今年、作者の藤子不二雄 Ⓐが亡くなったことによりNHKが昔のドラマを再放送したことによるもので、先日の日曜日に最終回を含む残りの6話が放送されたので、またしても見てしまった。

やはり、最終回にも登場したイッセー尾形の存在感たるや圧倒的である。漫画家として一本立ちするために新聞社を辞めて上京することになった主人公に対して、無責任に読者を捨てるがかっと怒った後で一転、優しく語りかける表情が印象的だった。

いいか、世間の風は冷たいぞ

ネタミ、ソネミ、ヤッカミ、陰口、中傷

そんなものに負けたらダメやぞ

初志貫徹して世間に認められる立派な漫画家になってね

このドラマが初放送されたのが1986年で、この年に自分も就職して一本立ちしたので当時も夢中になってドラマを見ていた。この最終回は12月5日(金)の夜9時40分から放送されたが、これを12月8日に見ている。当時は土日も出勤することが多く、その振替を月火で取っていた。当時の日記には次のように書いてある。

12月8日(月)

13:05より銀河テレビ小説まんが道」の最終回を見てから新宿に出かけ、映画「ハワード・ザ・ダック」鑑賞。正月映画の話題作だが、平日だけに最高の席で観ることができて大満足だった。  

 

12月9日(火)

12:15から有楽町マリオンにて、これまた正月映画の超話題作「トップ・ガン」を最高の席で鑑賞。それから神保町に出て、またまた手塚全集を買い漁った。

たけし、講談社に討ち入り!

当時、ドラマでは江守徹が演じた手塚治虫の全集を揃えており、講談社にも仕事で行くことがあったので、たけしの事件には衝撃を受けたものである。

そんな1986年に放送されたドラマが時を同じくして再放送されている。それが山田太一脚本、鶴田浩二主演の「シャツの店」である。こちらはBS4Kで「大草原」のアンコール放送後の10時から放送されており、今日はその4話だった。

このドラマは大好きでDVDも購入して何度も見ているが、今回初めて気に留めたのが角替和枝だった。鶴田の弟子役で出演している平田満のお見合いの相手役として登場したのが角替だった。当時の懐かしい渋谷でのデートシーンが印象的で、もう柄本明とは結婚していたものの若い角替がなんとも魅力的だった。

その角替とイッセーが32年後に夫婦役で共演したのが「透明なゆりかご」だった。

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