ささやかな日常の記録

現在と過去のエンタメなど

ドラマ「波の盆」と笠智衆

昨夜、倉本聰の追悼番組として放送された「北の国から'83冬 」(1983年3月24日)を見て、一番印象に残ったのは笠智衆であった。認知症により都合の悪いことは忘れてしまって仏様のようになって故郷に戻ってきた老人の生き様がよりリアルに感じられてしまった。それだけ自分も年老いてしまったということだろう。

この頃の笠の出演ドラマでは山田太一の「ながらえば」(1982年11月3日)と「夕暮れて」(1983年1月16日〜)も忘れられないが、1983年11月15日に放送された倉本の「波の盆」をもう一度見たい。当時、このドラマのことは珍しく感想を書いている。

最近よく日系人を主人公としたドラマ(「山河燃ゆ」「地平線」「あめりか物語」など)が話題になっているがこれもその一つで、ハワイに渡った日系人の家族の苦悩を描いたドラマである。

だが、このドラマではそんなにドラマティックなことは起こらず、日系一世の老人(笠智衆)の日常生活を通して日系人の置かれた立場と悲劇を淡々と語り、その静かなゆったりとしたテンポが新鮮で印象的だった。

特に笠の呆け老人ぶりは見事で亡き妻(加藤治子)との対話によって夫婦の絆を語り、日系二世の息子(中井貴一)との哀しい対立を抑えた演技でよみがえらせていた。それは現実か妄想か定かではなく、ことのほか印象的であった。

そこにその息子の娘(石田えり)が訪ねてきて、三代に渡る家族の精神の相克を浮き彫りにしていく。その視点は常に笠の一人称の目であり、彼から見た息子と孫は受け入れられない存在であったということである。

そして精霊流しのシーンにその人生が集約されていく。波に漂う蝋燭の炎の揺らめきになんともいえない哀しみを感じてしまった。

演出は実相寺昭雄で、音楽が武満徹ということだけでもう一度見たくなってしまう。


www.youtube.com

当時の感想を読んで、ぼけ老人という一点で「北の国から'83冬 」と重なってしまった。当時はまだ認知症という言葉は一般的ではなかったようである。笠が歌った「あざみの歌」が染みる。


www.youtube.com

それから岸恵子の訃報があった時に、「夕暮れて」をもう一度見たいと書いたが、初回だけBlu-rayに保存してあった。10年前にスカパーの無料放送で録画したようである。40年前のことはよく覚えているのに、10年前のことはもう記憶は定かではない。それでもこうして忘れていたものを発掘する楽しみが残っているということでもある。

「夕暮れて」では墨絵を書くということでカボチャが出てきたが、「北の国から’92巣立ち」を思い出してしまった。

昭和の残り香〜レッツゴーヤング

昭和のドラマ「昨日、悲別で」を見続けてしまったので、すっかり録画が溜まってしまった。そこで久々にリストを見たら、そこも昭和ばかりで笑ってしまった。まるで昭和で時が止まってしまっているみたいだ。

開局30周年というのはスカパーの「歌謡ポップスチャンネル」のことで、無料放送の時にはよく見ている。その時に放送していた「80年代 女性アイドルソング・ベスト100」などを好んで見ていたものである。以前はNHKの「レッツゴーヤング」なども気前よく放送してくれていたのでしっかりと録画してある。

その「レッツゴーヤング」を「うたコン」が特集。ゲストは近藤真彦と松本伊代だったが興味深かったのが日髙のり子によるサンデーズの裏話だった。そのレッスン風景は見たばかりの「昨日、悲別で」を彷彿とさせたし、個人的な思い出も刺激するもだった。

当時からサンデーズによる洋楽やミュージカルのステージは大好きだった。その裏では歌だけでなく、ダンスの振り付けのレッスンもあった訳で、スケジュールもなかなかハードだったようである。

ただ、当時のピンク・レディほどではないのは当然のこと。そのピンク・レディが50周年ということで「Covers」に登場。こちらも当時の裏話を含めて、森高千里などによるカバーのステージも楽しかった。

その森高の夫である江口洋介も出演したフジテレビのドラマを振り返る番組では昭和のドラマはなかったが、最後に紹介された「波うららかに、めおと日和」はまさに昭和を舞台にしたホームドラマである。

当地で再放送していた「嘘解きレトリック」もそうである。このドラマの主演である松本穂香は現在の朝ドラ「ブラッサム」だけでなく再放送の「ひよっこ」にも出演しており一日に3回も顔を見ることになった。まさに昭和の顔みたいになっているが、そのおかげか以前に書いた記事もまた少し読まれているようである。

hze01112.hatenablog.com

その「ひよっこ」ではコーラスの練習風景が楽しいが、昭和には歌声喫茶というものがあった。自分もぎりぎり、その残り香を味わうことができたが、そこで出会った人のことがネットに出ていた。是非、頑張って欲しい。

prtimes.jp

hze01112.hatenablog.com

そして団地も昭和の残り香が漂う場所であるが、ドラマ「団地のふたり」が最終回。小泉今日子と小林聡美による二人紅白が楽しかった。

個人的には河合奈保子の「けんかをやめて」が好きだった。前述の「80年代 女性アイドルソング・ベスト100」では18位だった。続いて小泉の「ヤマトナデシコ七変化」ということで、小泉の七変化が楽しいドラマだった。

1位は原田知世の「時をかける少女」であるが、個人的な1位は薬師丸ひろ子の「Woman」である。ちなみに2位の早見優(「夏色のナンシー」)は上京して初めて実物を見たアイドルということで忘れられない。

そして追悼番組の「プロフェッショナル」で見た倉本聰はまさに昭和を代表する脚本家ということで、晩年になっても勢いは変わらなかった。舞台の稽古では走る靴音がまるでタップのように響いていた。こうした舞台のトレーニングは自分も経験しているので見ていて本当に面白い。ドラマや映画の走るシーンに魅せられるのは今も昔も変わらないということである。

ドラマ「昨日、悲別で」⑪〜⑬

いよいよクライマックス。

11話ではこれまで匂わされてきたゆかりの秘密が明かされる。秘密といえば、「北の国から '95秘密」が思い出されるが、宮沢りえが演じたシュウのプロトタイプみたいなものである。

自分が上京した1982年以降、愛人バンク「夕ぐれ族」というのが話題になっていた。深夜のテレビなどで筒見待子なる女性の姿を見て、まるで別世界のことのように思っていた。

当時の自分は四畳半風呂無しのアパートで、マンションでの生活など夢のまた夢。ドラマでゆかりがいうように「夢で遊ぶ」しかなかった。それでも夢を実現させるためには色々な方法があった。

1983年に放送された山田太一の「ふぞろいの林檎たち」に登場する夏恵(高橋ひとみ)と本田(国広富之)も割り切って高級マンションで暮らしていた。そんな夏恵と仲手川 (中井貴一)との出会いも刺激的であった。

どちらも今のコンプラの元ではなかなか描きにくいエピソードであるが、当時はまだ猥雑なことが日常に普通に転がっていた。そうした風俗的なことがしっかりと反映されているため、現代的な視点から見ると嫌悪感を覚えてしまう人も多いに違いない。

そんな愛人という言葉を背負ったリュウの母親とゆかりが初めて出会う。リュウに言付けを残し、ある決意を持ってひとり街を彷徨う。そこにライオネル・リッチーの「ハロー」が優しく流れる。

この歌も「メモリー」同様、1984年2月に発売されたばかりで、最新の洋楽であった。翌年にはあの「ウィ・アー・ザ・ワールド」と「セイ・ユー、セイ・ミー」もヒットして、どちらもレコードを購入している。


www.youtube.com

リュウもゆかりの秘密を知ってすぐに駆けつけるが、遠くから見つめることしかできなかったのが切ない。そんな傷心のリュウにさらに追い打ちをかける出来事が悲別から届く。故郷からの知らせはいつも唐突に部屋の黒電話にかかってくる。

11話でようやく会えたリュウとゆかり。その知らせを聞いてゆかりは黙って涙ぐむ。そしてリュウは再び帰省する。

悲別ロマン座の最後の上映は黒澤明の「生きる」だった。一人、志村喬を見つめる千秋実。もう、ここでは役柄ではなく実際の役者として見てしまう。それこそ黒澤映画に多く出演した千秋であるが、個人的には「隠し砦の三悪人」が忘れられない。

ドラマでは大河ドラマ「獅子の時代」で加藤剛の父親役を演じており、西南戦争のエピソードでは泣かされたものである。1993年には山田太一の「秋の駅」に出演して1999年に82歳で亡くなった。一方、志村喬は1982年に亡くなっていたので、千秋自身にとっても万感迫るものがあったのかもしれない。

このロマン座のエピソードはそれこそ1989年に公開された映画「ニュー・シネマ・パラダイス」を思い出さずにはいられない。その映画を観たシネスイッチ銀座も今月の25日に閉館する。この映画館で自分も多くのミュージカル映画を観たものである。

hze01112.hatenablog.com

そして傷ついたゆかりが久々に悲別に帰郷して波紋が広がっていくのが最終回。高校時代にゆかりが好きだった与作との三角関係がどうなるのかが見どころで最後までドキドキしてしまった。与作と会った喫茶店では「いちご白書をもう一度」のインストが流れていた。これもドラマにぴったりである。


www.youtube.com

ロマン座で踊られたリュウとゆかりによる「メモリー」を見て、またしてもバリー・マニロウのステージを思い出してしまった。1983年に発売されたベストアルバムのライナーで湯川れい子は「メモリー」のことを次のように書いている。

バリーは日本公演でも、ステージの上にベンチやランプ・ポストを配して、いかにもニューヨークらしい雰囲気を作り出していたのが印象的でした。

このドラマでも「メモリー」がロマン座における文化の灯し火という雰囲気を醸し出していて最高であった。

ラストでは今年の6月に公開されて大ヒットした映画「Michael/マイケル」の主人公が歌った「今夜はビート・イット」が流れて、ハッピーエンドとなる。

それから個人的には春ちゃんに皆が集まって飲んでいるシーンに森昌子の「越冬つばめ」が流れたのが泣けた。やがて、この歌が十八番の女性と知り合うことになるのはまた別の話である。


www.youtube.com

ドラマの劇伴を担当したのは坂田晃一。同時期に朝ドラ「おしん」を担当しており、まさに円熟期。最後に流れたかぐや姫の「22歳の別れ」の世界観にも違和感なく溶け込んで情感豊かにドラマを彩って見事であった。最終回の猫も印象的で、個人的には魅力的な音楽に彩られたミュージカル「キャッツ」のアナザーストーリーとしても楽しむことができた。

ドラマ「昨日、悲別で」⑧〜⑩

8話になって演出が石橋冠に戻り、再びリュウとゆかりのストーリーが動き出した。5話から7話の騒動は楽しいけど、見なくてもストーリーはつながる。

演出の石橋と倉本のドラマでは1999年にNHKのBSで放送された「玩具の神様」が忘れられない。その他にも山田太一の2度目の映像化である「終りに見た街」も記憶に残っている。

8話でリュウは新たなオーディションの話を持ちかけられる。ニューヨークで出会った男と女のストーリーはそのまま東京で出会ったリュウとゆかりのストーリーに重なっていく。

そこに上京してきた与作の父親のエピソードが彩りを加えていく。ついに悲別ロマン座は人手にわたりスーパーになることが決まったという。与作も炭鉱を辞めることになり、街の姿もどんどんと変わっていく。

そんな与作の父はタップチップスでリュウのステージを見て再び涙を流す。それを見つめるゆかりの表情が優しい。

ステージでは「メモリー」も歌われるが、その衣装は「キャッツ」そのもの。劇団四季のミュージカルは1983年11月から公演中なのに、実際の赤坂タップチップスでもレパートリーとしてあったのか気になるところ。


www.youtube.com

9話ではペアとしてオーディションを受けることになったリュウとゆかりの早朝の練習風景が楽しい。

終わって部屋に戻り、肩寄せ合って窓から東京の風景を見る二人。そこにはストーブと共にWラジカセが置いてあって懐かしかった。

そしてオーディション本番のシーンは映画「フラッシュダンス」そのもの。

そのオーディションの結果を巡ってのリュウの葛藤が見どころである。青春とはエゴイズムだと演出家は言うが、リュウは納得しない。そんなリュウのことをゆかりは「優しすぎて嫌いになりそう」と涙ながらに語る。

その葉山の別荘での夜、ゆかりの自分語りが印象的である。ここで唐突に山田太一の名前が出てくる。「想い出づくり。」というドラマが好きでビデオに録画して繰り返し見たという。それに対してリュウは裏番組(「北の国から」)を見ていたという。

このエピソードに反応してしまう人は限られてしまうと思うが、こうした楽屋落ち的な話にも妙に納得してしまったものである。自分はかつて自分史上最高ドラマとして3位に「想い出づくり。」、5位に「昨日、悲別で」を選出している。

hze01112.hatenablog.com

ちなみに自分がビデオデッキを使い始めたのは1985年頃なので、「北の国から」も「想い出づくり。」も録画することはできなかった。倉本ドラマでは前述した「玩具の神様」をビデオに録画したのが残っているので2000年頃までは使っていたようである。

ドラマ「昨日、悲別で」⑤〜⑦

5話。先生が楽屋に訪ねてくる。訥々と「俺は感動した・・・」と言ってくれる。自分にも音楽の道を勧めてくれた高校の先生がいたことを思い出した。そんな先生を演じたのが木之元亮。「太陽にほえろ!」のロッキー刑事で知られているが、個人的には「真田太平記」の向井佐平次役が忘れられない。

一方、ステージからはストリップを見ている観客の歓声が響く。4話で登場したストリッパーのリリー松原を演じたのが芹明香。どこかで見た顔だと思ったら「前略おふくろ様」にサブと同郷の愛人役で出演していたことを思い出した。

当時はまだ学生だったので、実際にストリップを見ることはなかったが、このドラマが放送中の5月16日に次のようなことがあった。

今日は雨の中、三軒茶屋にロマン・ポルノなるものを見に行ってきた。雰囲気は(当初考えていたほどではなく)若者も多く陰湿な感じはなく、内容もさほど過激だとは思わなかった。それでも2本も続けて見るともううんざりしてしまい、4本立てにもかかわらず途中で飛び出してしまった。正直言って興奮したというよりも疲れてしまった。これはこれで魅力はあるけど、そんなに意気がって見るものではないようである。

田舎では見ることができなかった成人映画を見たということである。ロマン座ならぬ、ロマン・ポルノというのが面白い。ちなみに、浅草ロック座に行ったのは社会人になってからであるが、その踊りに感動したのは言うまでもない。

ドラマではリュウが事故にあった友の代わりにステージに立ち、「ニューヨーク・ニューヨーク」を踊るが、思い出すのはロマン座で踊ったタップのこと。そこにピアノで奏でられた「メモリー」が流れ続ける。

この「メモリー」はミュージカル「キャッツ」の主題歌として有名であるが、初めて聴いたのはバリー・マニロウが1982年に発売したアルバム「ヒア・カムズ・ザ・ナイト」に収録されたカバーによってであった。

湯川れい子のライナーによるとこの歌がアメリカでのファースト・シングルになるとのことだったが、自分もすぐに気に入ったものである。劇団四季による舞台は翌年からだったので知ったのは少し早かったことになる。

そのため1983年3月にバリーの初来日が決まった時には歓喜したものである。実際に見たステージはもう最高で、その記憶がドラマをより魅力的に見せていたのかもしれない。


www.youtube.com

hze01112.hatenablog.com

6話ではリュウと由美との恋物語が描かれる。オーディションに合格して有頂天になっていた由美に対して一歩引いてしまったリュウ。そんな壊れかけた関係を修復するためにリュウのアパートに泊まることになった由美。そこでもレコードから「メモリー」が流れるが、決してロマンティックに流れないのが倉本ドラマである。高校時代のあるレッスン(講師の同級生役は豊原功補)を実行しようとした時に電話が入る。

7話ではリュウの妹である夕子の家出騒動が描かれるが、ここでも高校時代の同級生が登場してリュウを打ちのめす。太宰治が好きなダサいやつということで、このドラマの中では一番自分に近いキャラかもしれない。大学時代には文学少女と付き合い、文通もしていた。

こうした妹のエピソードも「北の国から」や「あにき」など、倉本ドラマの魅力の一つである。ここでは夕子を演じた斉藤慶子が魅力的である。